Q&A99
Q&A99
「人生万事塞翁が馬」です。
開業当初、当時としては最新の設備を揃え、自費根管治療を中心とした歯科医院をつくりました。
フルスペックのマイクロスコープ、歯科用CT、内装や建物にも徹底的にこだわり、「質の高い医療を提供すれば患者さんは必ず来る」と信じていました。
しかし現実は全く違い、患者さんは思うように集まらず、経営は一気に悪化し、倒産寸前の状態にまで追い込まれたのです。
その状況を救ってくれたのが、現在も根管治療の紹介でお世話になっているマイクロエンド歯科の渡邉先生でした。
先生と出会ったきっかけは「予防」というキーワード。
開業前、スウェーデンの研修に参加した際にご一緒した先生が、偶然近所だった渡邉先生を紹介してくださったのです。
帰国後、開業直前に見学に伺い、その日はたまたま患者さんのキャンセルが重なって診療が早く終わり、お会いできました。渡邉先生が食事に誘ってくださって、そこから一気に距離が縮まったのです。
そして気がつけば2日後には一緒に香港に。
その道中で「困ったら相談してください」と声をかけていただいたことが強く印象に残っていました。
開業後、行き詰まった私はその言葉を思い出し、相談しました。その時にいただいた言葉が「予防歯科、向いているかもしれませんよ。やってみたらどうですか?」でした。
正直に言って、当時の私にとってそれは意外な提案でした。しかし、他に道はありません。藁にもすがる思いで予防に取り組み始めました。
スタッフもその考えに共感し、「面白そう」「重要だと思う」と、自主的に取り組んでくれたことが大きな支えになりました。
ただ、最初は散々なもの。
治療を希望して来院された患者さんに対して予防の話をする。
当然、受け入れられるわけがありません。今では考えられないほど厳しいお叱りを受けることもありました。周囲からも理解されず、「何をやっているんだ」「そんなことして意味があるのか」と言われ続けました。さらに、当時の自分にとって最も苦手だった子どもを対象に、親子予防や口腔育成に取り組もうとしていたのです。頭がおかしくなったのではないかと言われたこともありました。
それでも地道に続けていく中で、少しずつ変化が現れました。
患者さんの口腔内が明らかに変わっていく。
治療を繰り返さない状態が生まれていく。
その積み重ねが結果となり、現在では親子予防や口腔育成をどのように医院の仕組みとして取り入れるかについて、見学や相談の依頼をいただくようになりました。さらに、歯科メーカーやセミナーサイトから講演の依頼をいただく機会も増えています。
振り返ってみると、あの時「終わった」と思った出来事が、結果的には今につながる大きな転機でした。あのまま順調にいっていたら、今の診療スタイルにはたどり着いていなかったと思います。本当に、人生や経営は何が起こるか分かりません。その瞬間は最悪だと思えることでも、後になって振り返ると、それがあったからこそ今があると思える時が来ます。だからこそ、この言葉が強く残っています。
乗馬(障害馬術)です。
馬に乗ることには自信があります。
馬場馬術・障害馬術ともに1級ライセンスを取得しており、鞍や鞭、正装なども一通り揃えています。現在は以前ほど本格的には取り組んでいませんが、基本的にはどの馬でも乗りこなすことができます。
一時期は馬術競技に強く打ち込み、自馬を所有しながら競技に取り組んでいました。その結果、全日本障害馬術競技の内国産クラスの出場権を獲得することができました。
歯科医師としてこのクラスの出場権を獲得した例は、少なくとも私の知る限りではほとんどなく、アマチュアという立場で考えても非常に稀な経験だと思います。
実際に周囲は乗馬クラブのオーナーやオリンピック出場経験のある選手ばかりで、その中で競技に関わることができたことは大きな財産です。
しかし、直前で馬のコンディションが悪化してしまい、やむを得ず出場を辞退することとなりました。
また、東京オリンピックの際には、馬術競技のメインアリーナにおいて、本番前の運営テストとして、オリンピアンに先立って実際に競技を行わせていただくという貴重な経験もさせていただきました。
こうした経験を通じて、馬と向き合いながら結果を出していく力や、状況に応じて判断し対応する力を培ってきたと感じています。なお、馬を見ると自然と「どう乗るか」というイメージが先に浮かぶほど、感覚として身体に染みついています。
妻、勤務してくれているスタッフ、そしてバイクです。
妻は説明するまでもなく、こんな自分をそのまま受け入れ、支えてくれる存在です。わがままな面も含めて受け止めてくれるので、ただ隣にいてくれるだけで幸せを感じます。
そして、日々一緒に働いてくれているスタッフの存在も、私にとってかけがえのないものです。この戦友たちと共に働けていることを、本当に幸せに感じています。いつも医院を支え続けてくれている、大切な存在です。
また、バイクは私の大切な趣味の一つです。所有している2台のバイクで、天気の良い日にふらっと近所の手賀沼周遊道路を走る時間は、何よりも心が満たされるひとときです。風や光を全身で感じながら走っていると、自然と幸せを実感します。
遊園地の乗り物全般が苦手です。
特にジェットコースターは強い苦手意識があります。
自分でコントロールできないままスピードや動きが変化していく感覚や、身体が振り回されるような状況がどうしても受け入れられません。乗っている最中だけでなく、見ているだけでもその感覚が頭の中で再現されてしまい、目眩がしそうになることがあります。自分の意思とは関係なく動かされるような感覚が強く、それに対する不安や恐怖が大きいため、できるだけ避けるようにしています。
163センチです。
妻より4センチ低いので、よく気を遣われます(笑)
右手です。
第一印象としては、「優しそうですね」とか「落ち着いている人」と言われることが多いです。
自分ではあまり意識していませんが、できるだけ機嫌を安定させておこうとは常に思っています。感情に振り回されるよりも、一定の状態でいた方が周りも安心すると思っているからです。
また、趣味で心理学や脳科学を勉強していることもあり、「なぜそう感じるのか」「どうしたら伝わるのか」を考えるクセがついているのも影響しているかもしれません。
ただ、怒ったことがないわけではなく、あまり表に出ていないだけだと思います。自分としては普通にしているつもりですが、結果的にそう見えているのであれば、それはそれで良いのかなと思っています。
比較的はっきりと自分の意見を伝えるタイプです。
昔からお付き合いのある方はご存知だと思いますが、もともとはかなり積極的に意見を出す方で、いわゆる「ガツガツしている」と言われることもありました。今は以前に比べると落ち着いたとは思いますが、ロジカルに物事を考えることが好きで、相手の話の中に矛盾や違和感があると、それを整理しながら議論したくなります。
自分としてはあくまで冷静に話しているつもりなのですが、周りから見ると「怒っている」「詰めている」「人が変わった」と感じられることもあるようです。
実際に、医院にしつこく営業電話がかかってきてスタッフが困っていた際、私が対応することがありました。アポイントを取って丁寧に話を聞きつつ、必要な点を整理してお伝えしたのですが、あとから近くで聞いていたスタッフに「正直、ちょっと引きました」と言われたことがあります。
自分としては終始冷静に説明していただけのつもりだったのですが、その温度差に少し驚いたのを覚えています。
こうした一面は、良くも悪くも自分の特徴だと思っていますが、今は相手にどう伝わるかも意識しながら、バランスを取るように心がけています。
自分はポジティブ寄りだと思います。
出来事そのものは一つでも、それをどう解釈するかは自分次第だと考えているからです。これまで医院をスタッフとともに作ってきた中で、苦労したことも多くありましたが、振り返るとどの経験もあって良かったと思えています。そうした積み重ねが今の自分につながっていると感じると、自然と物事を前向きに捉えるようになりました。
そのため、基本的に「すべての出来事には意味がある」と考えて過ごしています。
日常でもその傾向はあって、普段持ち歩いている荷物がかなり重いのですが、妻に「減らしたらいいのに」と言われた際に、「これくらいの重さがちょうどいいトレーニングになる」と伝えたところ、「ポジティブだね」と言われたことがあります。
親からは、成田山のお坊さんにつけてもらったと聞いています。
もう一つ候補があったそうなのですが、残念ながらそちらは忘れてしまったとのことです。
当時は特に深く考えることもなく、「そうなんだ」というくらいの感覚でしたが、最近になって少し見方が変わりました。というのも、なぜか自分は来世でお坊さんになりたいと思っているので、そう考えると、すでにその片鱗があったのではないかと勝手に縁を感じています。
もしかすると、もう一つの候補の名前の方にしていたら、全く違う人生になっていたのかもしれません。そう考えると、なかなか面白いものだなと思います。
「熱しやすく冷めやすい」だと思います。
中学生の頃にバンドに目覚め、ドラムに夢中になりました。大学3年生までは学外でバンド活動も続けていましたが、ある時ふと「そろそろ終わりだな」と感じて、特に大きな理由もなく区切りをつけました。
その後はバイクにハマり、しばらく乗り続けていましたが、歯科医師として働き始めたタイミングで手放しました。
開業して少し落ち着いた頃、妻と一緒にできる趣味を探していた中で、たまたま通りかかった乗馬クラブに入会し、そこから一気にのめり込みました。結果的に全日本障害馬術競技まで経験することができましたが、自分の中で「やり切った」と思えたタイミングで馬を手放し、一区切りをつけました。
その後しばらくバイクから離れていましたが、昨年、仕事で出会った方が50歳を過ぎてからバイクを始めたという話を聞き、「それは面白い」と再び火がつき、現在に至ります。
こうして振り返ると、さまざまなことに興味を持って深く入り込む一方で、ある程度納得するとスッと次に進むタイプだと感じています。多趣味とも言えますが、良くも悪くも「熱しやすく冷めやすい」性格だと思います。
周りからは「落ち着いている」「優しそう」「怒ることありますか?」と言われることが多いです。
自分としては普通にしているつもりなのですが、なぜか“怒らなそうな人”という認識をされているようです。理由としては、できるだけ感情を安定させておこうと意識していることや、物事をロジカルに整理して考えるクセがあることが影響していると思います。心理学や脳科学を少しかじっていることもあり、相手の立場を考えながら話すことが、そういう印象につながっているのかもしれません。
ただ、もう少し近い距離になると評価が少し変わって、「意外と厳しい」「スイッチ入ると詰めてくる」と言われることもあります。自分としては冷静に整理しているつもりなのですが、周りからすると“静かに追い込んでくる人”に見えることもあるようです。
なので、まとめると「基本は穏やかだけど、たまにロジカルに圧をかけてくる人」というのが一番しっくりくるのかもしれません。
生まれも育ちも千葉県我孫子市で、現在の開業場所も同じ地元です。
思い出として真っ先に浮かぶのは、やはり駅の唐揚げそば。
画家の山下清が働いていたことでも知られているそうですが、自分にとってはそれ以上に「インパクトのある食べ物」として記憶に残っています。中学生の頃は電車通学をしていて、その道すがらによく立ち寄っていました。
普段は天ぷらそばを食べていたのですが、ある時「唐揚げそば」が新発売されたんです。
初めて見た時は本当に衝撃でした。大人の拳くらいある唐揚げが2つ、どんと乗っているんです。今でいう“デカ盛り”の走りのような存在で、「これはそばなのか?」と思いながら食べたのをよく覚えています。そこから徐々に名物として定着していき、今でも時々ふらっと食べに行くことがあります。地元に帰ってきたなと感じる、そんな存在です。
キックベースです。
今思うと信じられないのですが、休み時間のわずか10分でも校庭に出て、友達とキックベースをしていました。それくらい夢中になっていた遊びです。
特に好きだったのは、ボールを思いきりキックしたときの爽快感です。しっかり芯に当たって遠くまで飛んだ瞬間は、とても気持ちがよく、今でも感覚として覚えています。中でも、ボールが校舎の屋上まで届いたときは強烈に印象に残っていて、言葉にできないような達成感と高揚感がありました。あの瞬間が、キックベースの一番好きなところだったと思います。
「しょうちゃん」です。
特別な由来があるわけではなく、名前をそのまま短くした、とてもシンプルなものです。気づいたら自然とそう呼ばれるようになっていて、特に違和感もなくそのまま定着したのだと思います。
子どもの頃は、いわゆる習い事はあまりしていませんでした。
実家が農家で周りも自然が多い環境だったため、自転車で友達と野山を駆け回ったり、ザリガニやメダカを捕まえたり、カブトムシを取りに行ったりと、外で遊ぶことに夢中でした。どちらかというと、そういった時間の方が忙しかった記憶があります。
その中で、水泳だけはなぜか小学校3年生くらいまで続けていました。いつ始めたのかも、なぜ始めたのかも記憶にないのですが、気づいたら通っていて、気づいたらやめていた、という感覚です。
完全に前半全力型でした。
最初の1週間で死ぬ気で一気に全部終わらせて、その後は夏休みを本気で満喫する、というスタイルです。後半に焦るくらいなら、先に終わらせてしまおうという計画があったわけではなく、後半みんなが必死になっているのを見て「特別感」を感じて、夏休みをハックした気になっていたのだと思います。
ただ、一つだけどうにもならなかったのが、日記の毎日の天気とラジオ体操のスタンプです。こればかりは「毎日やる前提」の宿題なので、本来はコツコツやるしかありません。……が、そこは正直に言うと、うまく帳尻を合わせていました。今思うと少し申し訳ない気もしますが、当時は「どうやって乗り切るか」まで含めて夏休みだったのかもしれません。
「変わった子だね」と言われることが多かったと思います。
自分ではあまり意識していませんでしたが、振り返ってみると、興味のあることとそうでないことの差がはっきりしていたのかもしれません。例えば、休み時間のわずかな時間でも校庭に出てキックベースに夢中になったり、夏休みの宿題は最初の1週間で一気に終わらせて、その後は全力で遊び続けたりと、やると決めたことには一気に集中するタイプでした。
一方で、毎日コツコツ続けるようなものはあまり得意ではなく、日記やラジオ体操のような継続系のものは、どうにか工夫しながら乗り切っていた記憶があります。また、習い事よりも自然の中で遊ぶことに時間を使っていて、自転車で野山を走り回ったり、生き物を捕まえたりと、いわゆる「普通の過ごし方」とは少し違っていた部分もあったのかもしれません。
そうした「一気に集中するところ」と「興味のないことはあまりやらないところ」のメリハリが、周りから見ると少し独特に映っていたのかなと思います。
子どもの頃は、いわゆる「将来の夢」というものは特にありませんでした。
夢を考えるというよりも、その時その時に目の前にあることや、自分が熱中していることがすべてで、それ以外のことをあまり意識していなかったように思います。
今でも親交のある友人と中学生で出会ったのですが、その家が代々医師の家系でした。その影響もあって、「医療系に進むのもいいな」と漠然と思うようになったのが、初めて将来について考えたきっかけだったかもしれません。ただ、それも明確な夢というよりは、なんとなく方向性が見え始めた、という感覚に近かったと思います。
小学生の頃、近所に住んでいた同級生の女の子が初恋でした。
正直なところ、細かい印象はほとんど覚えていないのですが、「とても優しかった」という記憶だけはなぜか残っています。
学生時代は、部活としては一時期だけ少林寺拳法部に所属していましたが、長くは続かず、1年弱ほどで辞めてしまいました。
それよりも印象に残っているのは、中学生の頃から続けていたバンド活動です。
軽音楽同好会として活動していたものを、部として成り立つところまで持っていくほど夢中になっていました。ただ、大学に進学して学業が忙しくなるにつれて、大学3年生の頃に自然と離れていきました。
その後、ふとしたきっかけでバイクにハマり、今度は友人たちと「バイク部」のようなものを勝手に作って活動していました。正式な部活というよりは、仲間内で楽しむための集まりでしたが、その時間はとても充実していたと思います。
振り返ると、決まった部活に長く所属するというよりは、自分の興味に合わせて環境を作り、仲間と楽しんでいくタイプだったのだと思います。
得意科目は病理学でした。
試験ではほぼ毎回満点に近い成績を取っていたと思います。
大学3年生のときにゼミで病理学教室に配属されてからは、研究室に入り浸るようになりました。いわゆる「昔ながらの教授」という雰囲気の先生にとても可愛がっていただき、その影響もあって自然と力が入っていたのだと思います。今振り返ると、その恩に応えたいという気持ちもあったのかもしれません。
苦手科目は欠損補綴、特に義歯です。
自分の中では、どうしても再現性の高いサイエンスというよりも、職人の手仕事のような要素が強く感じられてしまい、どこかアートに近い印象を持っていました。その感覚がしっくりこず、最後まであまり得意にはなりませんでした。
今の仕事を目指したきっかけは、中学生の頃の同級生の影響です。
その友人が医師の家系だったこともあり、「自分も医療系に進みたい」と漠然と考えるようになりました。
その後、一浪して受験した結果、薬学部と歯学部に合格しましたが、第一志望の医学部には届かず、二浪するかどうかで悩んでいました。
その時、看護師である母から「同じ医療系なら歯学部でもいいのでは。お金のことは心配しなくていい」と背中を押されたことがきっかけで、歯学部への進学を決めました。正直なところ、当時は歯学部を本気で目指していたわけではありません。医学部の滑り止めとして受験日程を調べていく中で、偶然、受験日が重ならない日本大学歯学部を見つけて受験したという経緯です。過去問も見ていなければ、場所もよく知らない状態での受験でした。
入学後もしばらくは「辞めたい」と思い続けていましたが、大学2年生の時に大きな転機がありました。
当時よくいた喫煙所で、上顎の石膏模型が灰皿代わりに使われているのを目にしました。その光景を見た瞬間、なぜか強い怒りと、「このままでは終わりたくない、見返したい」という感情が湧き上がってきました。今振り返っても不思議な体験ですが、その出来事をきっかけに「歯科医師としてやっていこう」と決めたのが、本当の意味でのスタートだったと思います。
大学卒業後は、まず母校の附属病院で研修を受けました。
その後、松戸歯学部の大学院(保存修復科)へ進学し、4年間在籍しました。大学院修了後は、さいたま市緑区のはまわき歯科にて2年間常勤勤務を経て、開業に至ります。
中でも特に印象に残っているのは、大学院進学の選択です。当初はそのまま母校の大学院に進むつもりでいましたが、縁があって松戸歯学部の大学院を見学する機会がありました。
一般的には本校の大学院に進むケースがほとんどで、松戸歯学部を選ぶのはかなり珍しいと後から知りました。見学の際、当時の教授からなぜか「来なくていいよ」と言われたのですが、その一言をきっかけに「では行きます」と、その場で進学を決めました。自分でもよく分からない判断でしたが、不思議と流れに導かれたような感覚がありました。
後日、学生時代にお世話になっていた本校の病理学教室の教授と、その松戸の保存科の教授が親しい関係だったと知り、偶然とは思えないつながりを感じたのを覚えています。振り返ると、この選択がその後の臨床や考え方に大きく影響しており、自分にとって一つの大きな転機だったと感じています。
院長になろう、開業しようと思ったきっかけは、正直に言うとあまり立派なものではありません。
大学院時代に歯科医学そのものに強く興味を持ち、さまざまな研修に参加する中で、「もっと大学に残って勉強を続けたい」と考えていました。そんな時に、当時在籍していた助教の先生から「開業すれば、お金を稼ぎながら勉強もできるよ」と言われ、その言葉をほぼそのまま受け取ってしまい、勢いで開業を決めたというのが実際のところです。
今振り返ると、本当に未熟だったと思います。何も分からないまま、とにかく前に進もうとしていて、どこか生き急いでいたような感覚もあります。ただ、その時の勢いがあったからこそ今があるとも感じており、自分にとっては大きな転機だったのは間違いありません。
エンド専門医の渡邉先生との出会いです。
開業当初、自費根管治療を中心に据えた医院をつくったものの、患者さんは思うように集まらず、経営は厳しい状況に陥っていました。今振り返れば当然の結果ですが、当時の自分にはそれが見えておらず、どうしていいか分からない状態でした。そんな時に、以前ご縁のあった渡邉先生のことを思い出し、相談させていただいたのがきっかけです。先生からは「予防歯科に向いているかもしれない」という言葉をいただき、それまで考えてもいなかった方向に舵を切ることになりました。
この出会いを通じて、自分がどれだけ甘かったのか、どれだけ足りていなかったのかを突きつけられた感覚がありました。同時に、医療の本質や、患者さんとの向き合い方について深く考えるようになりました。その後、予防を軸とした診療へと大きく転換し、親子予防や口腔育成といった取り組みに本気で向き合うようになりました。最初は理解されず、患者さんから厳しい言葉をいただくこともありましたが、続けていく中で結果が出始め、現在の診療スタイルにつながっています。
また、この経験を通じて、「うまくいかない出来事こそが次の選択を変えるきっかけになる」という考え方が自分の中に根付きました。まさに「人生万事塞翁が馬」という言葉を実感するような出来事だったと思います。この出会いがなければ、今の自分も、今の医院もなかったと感じています。
開業当初に描いていた「夢」や「目標」は、正直なところ、ほとんどありませんでした。今振り返ると、本当に何者でもなかったと思います。
どこか甘くて、邪な考えも多かったと思いますし、その分しっかりバチが当たったなという感覚もあります。
当時はとにかく「借金をどうやって返すか」それしか考えていませんでした。その中で、自分の未熟さゆえに多くの方を傷つけていたことにも、後になって気づきました。
夢や目標を考えられるようになったのは、本当にここ最近のことです。その「夢」や「目標」は、まさにこれまでお話ししてきた通りの変化です。
以前は自分のことしか見えておらず、正直なところ「どうやって借金を返すか」くらいしか考えていませんでした。それ以外のことを考える余裕もなかったのだと思います。
そこから今は、「予防を文化に」という理念や、家族やスタッフとどう生きていくかというところに軸が移っています。かなり方向転換したなと、自分でも思います。
変わった理由はシンプルで、自分一人では何もできていないということに気づいたからです。自分は他人がいるからこそ自分であり、支えられて「生かされて生きている」のだと、今になってようやく気づけました。
少し気づくのが遅かった気もしますが、気づけただけまだ良かったのかなと思っています。その気づきがあってから、物事の見方や優先順位が自然と変わり、今の夢や目標につながっていると感じています。
「患者さんに後悔してほしくない」ということです。
人生は一度きりなので、自分で考え、自分で選び、その選択に責任を持って歩んでいってほしいと思っています。最終的にその結果を引き受けるのは本人だからです。そのために、私たちの役割は治療をすることではなく、その方が理解し、納得して選択できる状態をつくることだと考えています。
よくスタッフにも「歯がなくなっても死ぬことはない。でも生活は死んでしまうことがある」と伝えています。
だからこそ、その人の人生にとって意味のある関わりを大切にしています。また、私たち自身も未熟な存在だからこそ、「誠実であること」と「その人の選択を支えること」を常に意識しています。
この考えのきっかけは、開業時の経験です。建築の打ち合わせで多くの判断を求められた際、「どう決めればいいのか分からない」という強い違和感を感じました。その経験から、人は判断基準がなければ選べないということ、そして正しい考え方は人それぞれであることに気づき、それは歯科医療でも同じだと考えるようになりました。今では、その考えに確信を持っています。
目標にしている人・手本にしている人は、正直なところ「この人」と決めているわけではありません。
その時々で影響を受ける方がいて、その中で良いと思った部分を見習わせてもらう、というスタイルです。なので、あまり一人に絞って追いかけるタイプではないのかもしれません。
ただ、ずっとお世話になっている方としては、エンド専門医の渡邉先生と、はまわき歯科の浜脇院長のお二人です。お二人ともそれぞれ強い信念と独自の考えを持っておられるので、「そのまま目標にする」というよりは、「そんな考え方もあるのか」と毎回刺激を受けています。良い意味で、簡単に真似できない存在です。そのため、「この人を目指しています」とは言いづらいのですが、間違いなく自分に大きな影響を与えてくださった方々です。
スタッフからどう見られているかについては、正直なところ、時期によってかなり違うと思います。
昔から知っているスタッフからすると、「キレたらめんどくさい院長」という印象が強いのかもしれません。開業当初は本当に未熟で、よくスタッフと衝突していました。夜遅くまで残って、ああでもない、こうでもないと議論していたこともあり、今思うとよく付き合ってくれていたなと思います。その頃一緒に働いていたスタッフも、今では二児の母になっていて、時間の流れを感じます。
先日そのスタッフと話していた際に、「今は見違えて仏みたい」と言われましたが、正直どこまで本音かは分かりません。
一方で、最近入ってきたスタッフからすると、そこまで過去を知らないので、「気の良いおじさん」くらいの認識なのではないかと思います。いずれにしても、昔に比べれば少しは丸くなったのかなとは思っていますが、どう見えているかはスタッフにしか分からない部分なので、あまり深く聞かないようにしています(笑)
やはり患者さんから直接「ありがとう」と言っていただけた時です。
ありきたりかもしれませんが、あの一言には毎回しびれますし、「これ以上の報酬ってあるのかな」と本気で思うこともあります。むしろ、それを感じられない仕事ってあるのだろうか、とすら思っています。
また、長く関わってきた患者さんとのつながりが形になっていく瞬間も、とても嬉しいものです。
小さい頃から通ってくれていた子どもたちが成長して、アルバイトとして医院に来てくれるようになり、実際に一緒に働くようになることもあります。「あの子がこんなに大きくなって、しかも一緒に働くのか」と思うと、不思議な感覚と同時に、少し感慨深いものがあります。
印象的な出来事としては、妊娠中に通院されていた方が、出産後に仕事を探しているという話を聞いたことがあります。妊娠中という状況もあり、なかなか採用してもらえるところがなく困っていたそうです。その中で、当院で一緒に働いてもらうことを決めました。今ではスタッフとしてしっかりと活躍してくれていて、「あの時の判断、間違ってなかったな」と安心していますし、むしろこちらが助けられている部分も多いです。
こうして振り返ると、気づけば患者さんだった方がスタッフになったり、子どもだった子が一緒に働くようになったりと、人とのつながりがどんどん広がっていく仕事だなと感じます。それを考えると、歯科医師というより、人と人をつなぐ仕事をしているのかもしれないなと思うこともあります。
正直に言うと、ずっとピンチです(笑)
幹部スタッフともよく話すのですが、「安定している期間、短すぎない?」というのが共通認識です。落ち着いたと思ったら次の課題が来るので、もはや“常に何か起きている”状態が通常運転になっています。そしてそのたびに、ちゃんと「もうダメだ」と思っています。毎回しっかり絶望しているのですが、不思議と時間が経つと何とか形になっている、というのを繰り返しています。
どこかで「試されているのかな」と思っていますし、「今までも何とかしてきたから、今回も何とかなるだろう」と、自分に言い聞かせているような感覚です。個人的には、スタッフのことをどこか戦友のように感じています。実際にそう思っているのは自分だけかもしれませんが、それくらい一緒に乗り越えてきている感覚があります。
なので、「どう乗り越えたか」と聞かれると、「まだ乗り越えている最中です」としか言えません。ただ一つ言えるのは、これまで何とかやってこられているので、今回もまた何とかするのだろう、という謎の自信だけはあります。
「自責」です。
目の前で起きていることは、すべて自分が起こしている、もしくは自分が関わった結果だと捉えることができて、初めてスタートラインに立てるという感覚があるからです。
うまくいかないことや問題が起きたときに、環境や他人のせいにするのではなく、「自分に何ができたか」「何が足りなかったか」を考えられるかどうかで、その先が大きく変わると思っています。だからこそ、自分の中では「自責で考えること」がすべての土台であり、院長としての理想の在り方だと考えています。
たくさんありますが、あえて一つ挙げるとすれば、PCM(プロセス・コミュニケーション・モデル)という心理学です。
これを学んだことで、「なぜ自分はうまくいかないのか」ということがかなり明確になりました。今までは感覚的にうまくいっていなかったことが、言語化されて整理された感覚です。その影響は非常に大きく、スタッフとのやり取り、患者さんとのコミュニケーション、さらには家族との関係まで、すべての土台になっています。
もはや使わない日はないのではないかと思うくらい、日常に組み込まれています。特定の場面というよりも、日々のあらゆるコミュニケーションの中でその効果を実感しており、自分にとっては非常にインパクトの大きいスキルの一つです。
一言で言うと「相手の立場に立って物事を見る力」です。
…と書くとすごく当たり前に聞こえるのですが、実際はこれが一番難しいと思っています。自分の見えている景色は「これが正しい」と思いがちなのですが、実はそれは自分だけのもので、他の人はそれぞれ全く違う価値観のフィルターを通して、全然違う景色を見ています。この事実を受け止めるだけでも、なかなか大変です。
しかも厄介なのは、「分かっているつもり」になりやすいところ。頭で理解しているだけでは全く意味がなくて、それを実際の行動に落とせるかどうかが重要だと思っています。
自分自身もまだまだ実践中で、偉そうに言える立場では全くないのですが、「あれ、自分の見え方だけで判断してないか?」と日々反省しながらやっています。なので、スタッフにも「できるようになってほしい」というよりは、「一緒に苦戦しながらでもいいから、そこを目指していこう」という感覚です。
「ここに来てよかった。もっと早く来ていれば違う人生だったと思う」という言葉です。
ありきたりに聞こえるかもしれませんが、自分にとっては強く残っている言葉です。その方は、これまでずっと治療を繰り返していて、そのたびに口腔内の状態が悪くなっていくことに悩んでいました。「言われた通りにやっているのに、なぜこうなるのか」と、不安や疑問を抱えて来院された方でした。
そうした背景を聞いた上で関わる中で、最終的にその言葉をいただいた時は、嬉しさと同時に、これまでの歯科医療の在り方について改めて考えさせられました。そして、自分が大切にしている「後悔してほしくない」「誠実でありたい」という考え方を、より強く意識するきっかけにもなりました。今でもその言葉は、診療をするうえでの軸の一つになっています。
「先生、変わりましたよね。先生みたいに仏にはなれないです」と言われたことです。
この言葉はかなり印象に残っています。そのスタッフは、開業当初から一緒に働いてくれているメンバーで、未熟だった頃の自分をよく知っています。お互いに言いたいことを言い合ってきた関係でもあり、決してきれいな時間ばかりではありませんでした。
そんなスタッフから、ふとした会話の中でこの言葉を言われた時に、「そんなに変わったのか」と自分でも少し驚きました。もちろん、仏になれたつもりは全くありませんが、少なくとも昔の自分と比べて、何かしらの変化はあったのだと感じましたし、同時に「やってきたことは間違っていなかったのかもしれない」と思える、ひとつの自信にもなりました。
こうした言葉は、患者さんからいただく言葉とはまた違った意味で、心に残るものだと感じています。
妻と、1匹の保護猫、そして最近増え続けている観葉植物たちと暮らしています。
人間は2人ですが、体感としてはもう少し多い気がします笑
特に植物は静かに増えていくので、気づいたら家の中が少しずつ緑に侵食されています。猫は気まぐれに家の主のような顔をしていますし、植物たちは黙っているのにしっかり手間を要求してきます。そんなメンバーに囲まれながら、比較的つつましく、でもそれなりに賑やかに暮らしています(笑)
家では「ねもしょう」と呼ばれています。
付き合い始めた頃からずっとこの呼び方で、気づけばそのまま定着しています。結婚して名字も「根本」なのに、なぜか今でもフルネームを省略したような「ねもしょう」のままです。理由については、正直よく分かりません。特に深い意味があった記憶もなく、なんとなく呼び始めて、なんとなく続いている感じです。
自分でもたまに「なぜこの呼び方なんだろう」と思うのですが、今さら変えるタイミングもなく、結果的に一番しっくりきているので、そのまま受け入れています。
基本的には何でも作れます。
最近はあまり作れていないのですが、あえて一つ挙げるならロールキャベツです。
母直伝の味付けで、鶏ひき肉を使い、トマトソースではなくコンソメベースで仕上げるので、かなりさっぱりした味になります。
母から「男子たるもの、全部できるようになっておけ」と言われて育った影響で、料理をはじめ家事の一通りはできるようになりました。最近は少しサボり気味だったのですが、久しぶりに妻に何か振る舞おうかなと思っているところです。ちゃんと腕が落ちていないことを祈りつつ、リハビリがてら挑戦しようと思います(笑)
「ルーティンを決めないことがルーティンです」と答えるのが一番しっくりきます(笑)
あまりガチガチに決めてしまうと続かないタイプなので、基本的にはその日の流れに任せています。一応、最近は健康を意識して、早く起きられた日はジムに行って20分ほどトレーニングをするようにはしていますが、これも「絶対やる」と決めているわけではなく、あくまでできたらやるくらいのスタンスです。
ルーティンにすると続かない、かと言ってしないなら全くしない、という少し面倒な性格なので、あまり考えずに淡々とやる、というのが結果的に一番合っている気がしています。なので、朝は特別なことをしているというよりは、「何も考えずに動き出している」というのが正しい表現かもしれません。
正直あまり多くはないのですが、強いて挙げるとしたら、やはり馬に乗れることくらいかなと思います。
ただ、それ以上に自慢できることがあるとすれば、妻やスタッフ、そしてこれまで縁があって関わってくれている人たちの存在です。普通は「自分の実績」とかを挙げる場面なのかもしれませんが、よく考えると「周りの人」が一番の自慢になっている気がします。自分一人でできたことはほとんどなくて、気づけば周りの人に支えられてここまで来ているので、「この人たちと関われていること自体が一番の自慢なのでは」と思うようになりました。
ただ、これをそのまま言うと少しきれいにまとまりすぎるので、バランスを取る意味でも一応もう一度言っておくと、馬にはそこそこ自信があります(笑)
今は「仕事」と「人との関わり」です。
昔は、仕事で元気になるなんて絶対ないと思っていました。むしろ削られる側だと思っていたのですが、気づいたらなぜか回復装置になっていました。不思議です。
本業の診療もそうですが、スタッフや患者さん、家族など、関わってくれている人たちとのやり取りが一番のエネルギー源です。正直、「もうダメだな」と思うことは今でも普通にあります。定期的に来ます。ですが、そういう時に限って誰かと話していると、気づいたらちょっと復活しています。
よく考えると、自分一人で元気になったことはあまりなくて、だいたい誰かのおかげで持ち直しています。なので、結論としては、自分は人に充電されて動いているタイプの人間なんだと思います。
柏のジンギスカン屋さん「ラムちゃん柏店」、同じく柏の海鮮料理屋さん「魚火(ウォッカ)」、そして近所の中華料理屋さん「泰山逸品」です。
まずラムちゃんは、コロナ禍で大変な時に「ここは潰れてほしくない」と思って通い続けたのがきっかけで、気づけば完全に常連になっていました。
アプリを見ると、もう200回くらい通っているらしいです。自分でもちょっと引いています。新人さんが入ると「根本歯科医院さん、紹介させてください!」と言われる謎のポジションにいます。定番は「塩じめ熟成ラム」で、これは外せません。
魚火(ウォッカ)は、とにかく飽きないのが魅力です。おすすめ料理が行くたびに変わるので、「今日は何が出てくるのか」という楽しみがあります。味も安定していて、気づけばいつも同じカウンターの同じ位置に座っています。そろそろ注文しなくても出してくれると思っているので、それまで通ってみます。
泰山逸品は、もはや回数で言うと数えていないレベルで通っています。オーナーさんと話す時間も含めて楽しみの一つで、料理だけでなくコミュニケーション込みで通っている感じです。定番は麻婆豆腐なのですが、行くたびに味が微妙に違うので、その都度フィードバックしています。もはやお客なのか監修なのかよく分からない関係です。
こうして振り返ると、料理が美味しいのはもちろんですが、それ以上に「人とちゃんと関われるお店」が好きなんだと思います。
だいたい6時には起きてしまいます。
昔は「休みの日に寝ているのはもったいない」という子どもの頃の感覚がそのまま続いているのかなと思っていたのですが、最近は少し考えが変わってきました。どうやら、ただ単に寝られなくなってきている可能性があります。
早起きというと聞こえは良いのですが、実態としては「歳のせいで自然と目が覚めてしまう」という現象に近いです。
休日の定番は、「動く日」です。
天気が良ければバイクに乗って走り、そのままジムに行って今度は自分の足で走り、帰ってからサウナに行って整う、という、なぜかずっと動き続けている流れです。その後は、妻と食事をしたり、ゆったり過ごしたりして、最後は本を読んで落ち着く、というのが一連の流れです。まとめると「動いて、整って、戻る」という感じです。
一昔前は、この「動く枠」がすべて馬に置き換わっていて、ひたすら馬のトレーニングをしていました。ですが、少し離れてからはすっかり乗らなくなってしまいました。ただ最近、「そろそろまた乗りたいな」と思い始めているので、そのうちしれっと復活しているかもしれません。
旅行に行くなら、台湾一択です。
ただ、いわゆる観光をしているわけではなく、「深く狭く」関わっている感じです。行きつけのお店に行って、顔なじみの人と話して過ごす、という時間がほとんどで、有名な観光地にはほとんど行っていません。気づけば50回近く行っていて、パスポートのスタンプもかなり増えていますが、詳しいかと言われるとそうでもなく、自分の知っている範囲をひたすら往復しているだけです。
現地で乗馬クラブをやっている方とのご縁があり、その方や仕事仲間の台湾の方と一緒に飲んで、気づいたら記憶をなくしていた、ということもありました。場所は高雄だったのですが、良い思い出ではあるものの、それ以来なぜか高雄には行く気になれません(笑)
結果として、もっぱら台北専門です。というより、それ以外に行く用事がない、というのが正直なところです。しかも行く場所も、全然有名なお店ではありません。
名前もよく分からないような繁華街の台湾居酒屋や、これまた名前の分からない台湾式サンドイッチ屋さん、卵焼き屋さんでテイクアウトして、いつもの公園で食べる、というのが定番です。自分でも「よく飽きないな」と思うのですが、不思議と全く飽きません。
カラオケの十八番は、寺尾聰さんの「ルビーの指輪」です。
選んだ理由は非常にシンプルで、「年上の先生方にウケる」ことと、「多少音を外しても最後までそれっぽく成立する」という、極めて実用的な観点からです。「自分の歌唱力で勝負してはいけない」と早々に気づき、どうやったらうまく聞こえるかという方向に戦略転換しました。その結果たどり着いたのがこの一曲です。
好きなものは、頭では最初に食べた方がいいと分かっているのですが、結局最後にとっておく派です。
一番美味しいものを最後に残しておく方が満足度が高いと分かっているのですが、毎回、途中で満腹に近づいてきて「これ本当に最後にして大丈夫か…?」と少し不安になります。それでも結局最後まで取っておいて、やっぱり最初に食べた方がよかったかもしれないと、軽く後悔するところまでが一連の流れです(笑)
断然アウトドア派です。
本来は、外に出て動いていないと落ち着かないタイプで、バイクに乗ったり、ジムに行ったり、とにかく外で何かしている方がしっくりきます。
ただ最近は、妻から「たまには家にいてほしい」というご意見をいただきまして、少しずつインドアの趣味を増やしています。観葉植物を愛でてみたり、ギターを買ってみたりと、一応家でも楽しめる人間になろうと努力している最中です。とはいえ、観葉植物を眺めながらも「外、走りたいな」と思っていたり、ギターを持ちながら「これバイクに積めないかな」と考えているあたり、根本的にはあまり変わっていない気もします。
なので結論としては、アウトドア寄りだけど、現在インドアに順応中という状態です。
これまで飼ってきた動物は、実家にいた頃の犬と、今一緒に暮らしている猫です。
今の猫は、乗馬クラブで出会いました。捨てられていたのか、迷ってしまったのかは分からないのですが、長毛種のとても可愛い猫がガリガリに痩せて弱っている状態でいました。不思議なことに、どの会員さんにもあまり懐かなかったのに、なぜか私にだけすり寄ってきたんです。その時に「これはもう連れて帰ってほしいという意思表示だな」と、かなり都合よく解釈して、そのまま現在に至ります。
結果として、その判断は間違っていなかったと思いたいのですが、今では当時の3倍くらいの大きさになり、すっかり貫禄のある存在になっています。拾ったつもりが、気づけばこちらがしっかり面倒を見られているような、そんな関係です。
人です。
妻やスタッフ、患者さん、そしてこれまで縁があって関わってくださっているすべての方が、自分にとっての宝物だと思っています。以前はそこまで意識していませんでしたが、これまでの経験を通じて、自分一人でできることはほとんどなく、周りの人に支えられてここまで来ているということを強く実感するようになりました。
結局のところ、自分は人がいるからこそ成り立っていて、「生かされて生きている」のだと思います。だからこそ、その関係性を大切にしたいですし、関わってくれている人たちに対して誠実であり続けることが、自分にできることだと考えています。
バイクです。
久しぶりに「これはちょっと高いな」と思う買い物でしたが、冷静に考えると今の車と比べればだいぶ可愛いものなので、自分の中ではギリギリ許容範囲ということにしています。
購入した理由は、仕事で出会った方が50歳を過ぎてからバイクを始めたという話を聞いて、「それは面白いな」と思ったこと。そこから一気にスイッチが入り、気づいたら買っていました。一度離れていたはずなのに、こうやってまた戻ってくるあたり、自分の中ではやはり好きなものなのだと思います。
妻の写真です。
理由は、それ以外に何を置く必要があるのでしょうか、という感じです。特に深いこだわりがあるわけではなく、シンプルに「一番大事なものだから」という、それだけです。
たまに「景色とかにしないんですか?」と聞かれることもありますが、自分の中では選択肢にすら上がっていません。
とっておきのストレス解消法は、群馬県にある、とある大自然の中のサウナに行くことです。
本当にどうにもならなくなったときの“最終手段”として位置づけていて、自分の中では完全に「天国」扱いしています。ここに行けば一度リセットできる、という場所です。
…と言いつつ、そこまで追い込まれていなくても普通に行っています。
現地で暮らしているガイドの方と仲良くなって、その方に会いに行くという目的もあって、結果的に「ストレス解消なのか遊びなのかよく分からない状態」になっています。
食事管理と運動、そして基本的な生活習慣です。
体重維持のために糖質制限を取り入れていて、あとは運動習慣をつくること、節酒、しっかり寝ることといった、いわゆる「当たり前のこと」をできるだけ続けています。
きっかけは3年前に初めて受けた人間ドックでした。
せっかくならと、頭の先からつま先までできる限り検査を受けたのですが、その結果を見た担当医から、半笑いで「脂肪肝ですね。血圧も高いし、身体にガタがきていますよ」と言われました。その一言に、なぜかスイッチが入りました。「見返してやろう」と勝手に火がついて、そこから地道に積み重ねていった結果、体重はマイナス15キロほど落ちました。再検査ではほとんどA判定になり、「ちゃんとやれば変わるんだな」と実感しました。
ムロツヨシさんです。
パーマをかけていた時期によく言われていました。あとは、痩せていて髪が短かった頃には、小泉孝太郎さんに似ていると言われたこともあります。こちらは初対面の方に言われることもあったので、「そうなのかな」と少しその気になっていました。
ただ、最近はまた痩せてきているにもかかわらず、なぜか何も言われなくなってしまい、少し寂しさを感じています。
見た目は全く違うのですが、思考の面では、2ちゃんねるの開設者であるひろゆきさんに共感する部分があります。
物事をロジカルに整理して考えるところや、前提を疑う視点などは、「分かるな」と感じることが多いです。ただ、その話をあまり外でしすぎると、妻から「それはあまり声高に言わない方がいいよ」と軽くストップが入るので、ほどほどにしておいた方がいいのかなとも思っています。
世界一周の旅行に行きます。
もともとコロナ禍直前に、渡邉先生とその計画を立てていたのですが、残念ながら中止になってしまいました。かなり本気で組んでいたので、ずっとどこかに残っているプランです。
なので、もし時間が取れるなら、その時の旅程をそのまま使って、今度は妻と行こうと思っています。一度流れてしまった計画を、そのまま回収しに行く、というイメージです。
最初にやることは、融資の返済です。
夢のある回答ではないのですが、ここは一番現実的にいきます。まずはスッキリした状態にしたいです。その上で、残った分はスタッフに還元します。結局ここまでやってこられているのはスタッフのおかげなので、そこはしっかり形にしたいと思っています。
よくある「とりあえず旅行に行く」とか「好きなものを買う」という発想にいかないあたり、自分でも少し面白くないなと思うのですが、たぶん性格的にそうなります。とはいえ、全部終わって落ち着いたら、こっそりバイクが一台増えている可能性はあります(笑)
正直、決めきれていません。
というより、「何を持っていったら面白いのか」をずっと考えているのですが、これといった正解が思いつかず、いまだに迷っています。
サバイバル的に考えれば実用的なものになるのですが、それだと少しつまらない気もしてしまい、「どうせならネタとして成立するものを持っていきたい」という気持ちも出てきて、さらに迷走しています。
結果として、「今のところは何も持たずに行ってみるのが一番面白いのではないか?」という、やや投げやりな結論に近づいています。
前世は、たぶん植物だったんじゃないかなと思っています。
桜や梅のように、季節になると咲いて、役目を終えると静かに散っていく、そんな存在です。それは、あまり自分から強く何かを主張するというよりも、流れの中で役割を果たしていくような感覚がしっくりくるからです。
とはいえ、今はしっかり人間として動き回っているので、「ずいぶんアクティブな植物に生まれ変わったな」と、自分でも思っています。
「当たり前のことを当たり前にやって、それを淡々と続けられる人間になるのが、一番の近道だよ」と伝えたいですね。
当時の自分は、つい特別なことや近道を探していた気がしますが、結局は地道な積み重ねが一番早いということに後から気づきました。たぶん言っても聞かないと思いますが、一応伝えておきたい一言です(笑)
「例えば…」です。
話をするときに、つい例え話を入れてしまうことが多く、気づけば「例えば」と言っていることがよくあります。おそらく、自分の中で物事を整理するときに、具体的なイメージに落とし込まないと気が済まないタイプなのだと思います。
便利ではあるのですが、気づくと「例えば」が連続していて、「そんなに例えなくてもいいのでは」と自分でも思うことがあります。
何でもやりすぎてしまうところです。
気づくとつい突き詰めてしまって、適度なところで止めるのがあまり得意ではありません。最近になってようやく、「ほどほど」という選択肢も持っておいた方がいいのではないかと思うようになりました。
何でも全力でやるのは悪いことではないのですが、もう少し力の抜きどころを覚えていきたいと思っています。
生まれ変われるなら、また植物になりたいです。
前世が桜か梅だった気がしているので、次は少し方向性を変えて、松になろうと思っています。今はどうしても時間の有限性を意識していて、どこか生き急いでいる感覚があるので、次はもう少し余裕のある存在になりたいと思っています。
数百年くらい生きて、ゆっくり世界を眺めてみたいですね。
松に生まれ変わって、できれば三陸沖のリアス式海岸の崖あたりで、風と潮を感じながら、誰にも干渉されずに、ひたすら世界を眺めていたいですね。
未来に行ってみたいです。
過去については、もう十分かなと思っています。あまりくよくよ振り返っても仕方がないという考え方なので、「過去に戻って何かを変えたい」という気持ちはあまりありません。それよりも、「この先どうなっているのか」を少しだけ覗いてみたい気持ちの方が強いです。
少しだけ先の未来を見たいです。
あまり先を見すぎると今を頑張れなくなりそうなので、少しだけ先の未来を見て、「あ、なんとかなっているな」と確認して戻ってくるくらいがちょうどいいのかなと思っています。
会えるなら、経済学者の成田悠輔先生にお会いしてみたいです。
独特な視点で物事を捉えていて、発言も一見すると極端に聞こえるのですが、よく考えると筋が通っている部分も多く、「どういう思考のプロセスでそこに至るのか」を直接聞いてみたいと思っています。自分とはまた違う角度から物事を見ている方なので、話していると頭がかなり揺さぶられそうだなと感じています。
少子化対策について、今はどう考えているのかを聞いてみたいです。
以前、成田悠輔先生の少子化に関する動画を見たことがあり、その時の考え方がとても印象に残っています。ただ、あれから時間も経っているので、今はどう捉えているのかを直接聞いてみたいと思っています。
妻が作ってくれる具沢山の味噌汁です。
いろいろと体のことを考えて具材を選んでくれていると思いますし、毎日自然と栄養が取れるので、とても助かっています。何より、自分のために作ってくれているということ自体がありがたくて、それだけで十分な朝ごはんだと感じています。おかげで、自分は何も考えずに食べるだけという、かなり恵まれたスタートを毎日切っています。
最近感動したのは、さとうみつろうさんの『神さまとのおしゃべり』と『レイ』という本です。
どちらも、自分にとってはかなり心を揺さぶられる内容でした。
特に印象に残っているのは、「自分とは、他人がいるからこそ自分でいられる」という考え方と、「自分の価値観とは何か」という部分です。これまで何となく感じていたことが、言葉として整理されていて、すっと腑に落ちる感覚がありました。普段はあまり感情が大きく動くタイプではないのですが、久しぶりに「これはすごいな」と感じた本です。
実はまたバンドをやりたいと思っていて、こっそりギターの練習をしています。
大々的に宣言するほどでもないのですが、気づいたらまた楽器に触りたくなっていて、少しずつ再開している感じです。
カツ丼や天丼のような、いわゆる炭水化物ゴリゴリのものです。
本当は思いきり食べたいのですが、体重管理のために糖質制限をしているので、普段はかなり抑えています。その分、たまに食べると満足感がすごくて、「これくらいの頻度の方がちょうどいいのかもしれないな」と思うようになりました。
辛いものです。
全く食べられないわけではないのですが、辛さが強すぎると美味しさを感じる前に刺激の方が勝ってしまうので、あまり好んでは選びません。ほどほどであれば大丈夫ですが、自分から積極的に選ぶことはあまりないです。
特別な料理ではなく、普段の朝ごはんで食べている味噌汁です。
妻が作ってくれる具沢山の味噌汁を、妻と一緒に食べている時間が、自分にとってはいちばん美味しく感じる瞬間です。
外で食べる料理や特別な食事ももちろん良いのですが、結局いちばん満たされるのは、日常の中で安心して食べている時間なのだと思います。
今のところ特にありません。
「これを食べたい」というよりも、どちらかというと「誰と、どんな状態で食べるか」の方が大事だと思っています。
多分本当に弱って、ご飯もあまり食べられなくなった時に「最後に何が食べたい?」と聞かれたら、妻と一緒に妻が作ってくれた味噌汁を選ぶのだろうなと、なんとなく想像しています。
かなり地味な答えですが、自分としてはそれが一番しっくりきます。豪華なフルコースでもなく、未知の珍味でもなく、結局そこに戻るのか、という感じです。
お酒は大好きです。ただ、健康のことを考えて、できるだけ節酒するようにはしています。
好きなだけ飲めたらどれだけ楽かとは思うのですが、そこは一応ブレーキをかけています。その中でも一番美味しいと思っているのは、台北で飲む台湾の生ビールです。
あれは本当に別格で、毎回行くたびに必ず飲んでいます。少し大げさではなく、個人的には「死ぬほどうまい」と思っています。節酒しているはずなのに、台湾に行くとそのルールが少し緩くなるのは、もう仕方ないことだと割り切っています。
好きな有名人は、経済学者の成田悠輔先生です。
考え方が独特で、一見すると極端に聞こえるのに、よく考えると筋が通っているところが面白くて惹かれています。物事の前提を疑う視点や、ロジカルに整理していく思考の流れは、自分としても共感する部分が多いです。そして何より、「ちゃんと面白い」というところがいいですね。難しいことを言っているのに、なぜかエンタメとして成立しているあのバランスはすごいなと思います。
よく聞く音楽は、Oasisです。どの曲も好きなのですが、特に「little by little」はよく聴いています。
最近はジムで走っている時にテンションを上げるための曲も増えていて、Metallicaの「AllNightmareLong」と、マキシマムザホルモンの「ハングリープライド」は、完全に「沸々と湧き出る元気が出る曲」として使っています。
音楽性というより、「これをかけるととりあえず動ける」という理由で選ばれているので、プレイリストの温度差はかなり激しいです。静かに浸るOasisと、無理やりテンションを上げにいく2曲の組み合わせです。
黒です。
服や持ち物は、気づくとだいたい黒になっています。特に意識しているわけではないのですが、選んでいくと自然と黒に寄っていきます。無難で合わせやすいという理由もありますが、結果的に「ほぼ黒で統一されている人」みたいな状態になっています。たまに他の色を選ぼうとするのですが、最終的に「やっぱり黒でいいか」となって戻ってきます。
好きな香りは、ディプティックの「ローデゼスペリート」です。迷いなく一択です。
出会ったのは、昨年バンコクに行った時でした。その時に初めて香りを試して、「こんな香りがあるのか」と衝撃を受け、その場で迷わず購入しました。それ以来、自分の中で香水の概念が変わったと言ってもいいくらい印象的で、ずっと使い続けています。
この香りは、ただ良い香りというよりも、「ずっと香っていたい」と思える感覚があります。気づくと何度も確かめてしまうような、不思議と離れられない魅力があります。香りでここまで印象が変わるのかと、自分でも少し驚いています。
昔は犬派でしたが、今は完全に猫派です。
きっかけは、今一緒に暮らしている保護猫の「さば」です。最初はそこまで意識していなかったのですが、一緒に生活していく中で、気付いたら完全に価値観がひっくり返っていました。犬のまっすぐな感じも好きなのですが、猫の気まぐれさや距離感の取り方が妙にしっくりきていて、今ではすっかり猫寄りです。
好きな本を1冊に絞るのは正直難しいのですが、あえて最近で一番印象に残っているものを挙げると、さとうみつろうさんの本です。
『神さまとのおしゃべり』や『レイ』を読んだのですが、自分にとってはかなり心を揺さぶられる内容でした。特に「自分とは他人がいるからこそ成り立っている」という考え方や「自分の価値観とは何か」という部分が、これまでなんとなく感じていたことと重なり、一気に腑に落ちた感覚がありました。
普段はそこまで感情が大きく動くタイプではないのですが、久しぶりに「これはすごいな」と思える一冊でした。
1冊と言いながら2冊出てしまっているあたりが、自分らしいなとも思っています。
好きな映画を1本に絞るのは難しいのですが、あえて挙げるなら『ハート・ロッカー』です。
イラク戦争の爆発物処理班を描いた作品で、極限状態に身を置くことで感覚が麻痺していき、逆に日常に戻れなくなっていく人間の姿が印象的でした。
戦争という非日常の中での緊張感と、その環境に適応してしまうことで、平穏な日常が物足りなく感じてしまう感覚がリアルに描かれていて、「日常とは何か」を考えさせられる作品です。派手な戦争映画というよりは、人の内面の変化を静かに描いている点に強く惹かれました。
…やはり無理なのでもう一本挙げさせてください。『ガタカ』も強く心を揺さぶられた作品の一つです。
遺伝子によって人の可能性がほぼ決められてしまう社会の中で、主人公が自らの限界に抗い、別の人間として“なりすまし”ながら生きていく姿が描かれています。単なるSFではなく、レトロでクラシックな世界観の中に、人間の意志や尊厳が丁寧に描かれている点が印象的でした。また、マイケル・ナイマンの音楽が作品全体の空気感を引き上げていて、静かでありながら強い余韻を残します。イーサン・ホークとユマ・サーマンの関係性も含めて、派手さはないのに深く刺さる作品だと感じています。
ほとんど漫画やアニメは見ないのですが、その中で好きなのは『プラネテス』です。
全4巻で完結している作品で、宇宙空間に漂う宇宙ゴミを回収する仕事をしている人たちの物語です。設定だけ聞くと地味に感じるのですが、「命とは何か」「人はなぜ宇宙を目指すのか」といった本質的なテーマが丁寧に描かれていて、読むたびに考えさせられます。
また、八郎太と田辺の関係性もとても好きなポイントです。価値観が大きく異なる二人がぶつかりながらも、お互いに影響を受けて変化していく過程が描かれていて、「人は人によって変わる」ということを強く感じさせられます。派手さはないのですが、静かに深く刺さる作品で、数少ない何度も読み返している漫画の一つです。
サッカーの日本代表をチェックして観ています。
きっかけはワールドカップで、日本代表の試合を見るようになってからです。それ以来、ずっと追いかけてきました。ただ最近は、なかなかリアルタイムで試合を見る機会が減ってしまい、少しずつ情報についていけなくなりつつあります。とはいえ、大きな大会になるとやはり気になってしまうところです。
欠かさず見ているのは、テレビだと「水曜日のダウンタウン」と「クレイジージャーニー」です。
どちらも、普通では考えられないような発想や生き方をしている人たちが出てくるので、「こんな人たち本当にいるのか」と思いながら、毎回楽しんで見ています。良い意味で振り切れている感じが好きです。
YouTubeでは「ノージョブフドウ」と「しげ旅」をよく見ています。
どちらも旅系のチャンネルなのですが、スタイルが対照的で、それぞれ違う面白さがあります。「こんな生き方もあるのか」と思わせてくれるので、自分の価値観の外側を見せてもらっているような感覚で見ています。結局、ここでも「人」を見ているんだなと、自分でも思います。
医院全体のレベルをもう一段引き上げることです。
当院はISO9001の認証を取得しており、先日継続審査を終えたのですが、その中で指摘いただいたのが「標準化」の捉え方でした。単に「決められたことをやる」だけではなく、「なぜその仕組みなのか」という背景まで理解していないと、スタッフごとに解釈や温度差が生まれてしまうという点です。
その課題を踏まえて、月に1回、私が1日かけて行う勉強会「ネモトレ」を実施していくことにしました。自分自身も原点に立ち返り、「なぜこれをやっているのか」を改めて言語化しながら、スタッフ一人ひとりの考え方を揃えていくこと、そして医院としての判断基準を統一していくことを目指しています。
その積み重ねによって、個々のスキルだけでなく、組織としての質を高め、より良い医療と継続的な改善につなげていくことが、この1年の目標です。
「より働きやすい職場をつくること」です。
これまでの12年間で、定時での業務終了の徹底や、クリーンスタッフ・外部清掃業者の導入による雑務の削減、時短勤務や産休・育休制度の整備、託児環境の拡充など、働き方の土台はある程度整えてきました。ただ、まだ完成ではなく、「これで十分」という状態にはしたくないと考えています。
今後は、そのレベルをさらに引き上げていくこと。より無駄を減らし、効率化できるところは改善しながら、働く環境そのものの質を高めていきたいと思っています。そして最終的には、「ここで働いていることが誇りになる」と思えるような職場にしていくことが目標です。
ちょうど5年後には自分も50歳になります。そのタイミングで、これまで積み上げてきたものを一段引き上げられている状態をつくるために、引き続き地道に改善を続けていきたいと考えています。
医院全体をしっかりと稼働させ、組織として安定した状態をつくることです。
現在、隣の土地を購入して子ども専門のキッズ棟をつくりましたが、まだ新しいユニットを入れられるスペースが残っています。まずはそこをしっかり埋めて、医院全体が最大限機能している状態にしていきたいと考えています。
そのためには、単純に規模を広げるだけではなく、医院としてのレベルをさらに引き上げていく必要があります。技術や知識だけでなく、環境面や患者さんへの配慮といった部分も含めて、全体の質を高めていきたいと思っています。
医院が発展し、安定することは、そのままスタッフの安心にもつながります。自分としては、ここが「働く場所」というだけでなく、「人生の中の大切な居場所の一つ」として選ばれるような環境にしていきたいと考えています。そのためにも、長期的に安心して働ける職場をつくることが、この目標を描いている理由です。
プライベートでこれからやってみたいことは、ロングツーリングです。
今までは日帰りがほとんどだったので、時間をかけて遠くまで走ってみたいと思っています。距離だけでなく、その過程そのものを楽しむような時間を一度しっかり取ってみたいです。
また、少し離れてしまっている乗馬も、また再開したいと思っています。一度やり切った感覚はあるのですが、時間が経って改めて「もう一度乗りたい」と思うようになりました。
あとは、途中で止まってしまった世界一周の計画も、いつか妻と一緒に実現したいです。過去に立てた計画をそのまま回収するような形で、もう一度チャレンジしてみたいと思っています。
リタイア後については、以前はいろいろ考えていました。ゆっくり過ごしたり、旅に出たり、という、いわゆる“理想の老後プラン”です。
ただ今の年齢で考えると、そもそも「仕事」という感覚がだいぶ薄れてきていて、生活の一部になっています。もちろんやっている最中は普通に大変で、「もういいかな」と思うこともあります。ただ、そのくらいの負荷がないと逆に物足りなくなりそうなのも事実です。
むしろ最近は、仕事を完全にやめて遊ぶというより、「仕事をちょっと休んで遊びに行く」方が楽しいと感じています。少しだけ抜け出している感じというか、ちょっとした“秘密感”があって、それがいいんですよね。
なので、完全にリタイアしてしまうと、その楽しさがなくなってしまう気がしています。たぶん将来は、「リタイアしたと言いながら、普通に仕事して、たまにこっそり遊びに行く人」になるのだと思います。
ほぼ人生そのものです。
もともとは普通に嫌いでしたし、今でも正直「辞めたいな」とはほぼ毎日思っています。これはもう日課みたいなものです。ただ不思議と続いていて、気づいたらここまで来ていました。
人と関わるのも得意というわけではないのですが、関わっている人たちの成長を見るのが楽しくて、そこがやめない理由になっている気がします。
一言で言うと、「毎日辞めたいと思っているのに、人の成長が気になって辞められないもの」。それが自分にとっての仕事です。
違う価値観を受け入れられるようになる、そのきっかけをつくることだと思っています。
何かを教え込むというよりも、「こういう考え方もあるのか」と気付けるように関わっていく中で、少しずつ見えている景色が変わっていく、そんなイメージです。
そしてその過程で、自分も「そんな見方があるのか」と気づかされることが多く、結果としてはお互いに変わっていくのだと思います。
無理なく自然体で仕事をしながら、しっかり責任を果たせる人だと思います。
自然体でいるだけでは責任は果たせませんし、逆に責任を果たそうと無理に頑張り続けても、どこかで続かなくなってしまいます。そのバランスが取れていて、本人は好きでやっているだけなのに、周りからは「すごく頑張っている」と見えるくらいの状態にある人が、プロフェッショナルなのだと思います。
一言で言うと、「本人は普通にやっているつもりなのに、周りからはすごいことをしていると捉えられている人」です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
仕事は人生の中で多くの時間を占めるものだからこそ、それが充実していると、自分の人生そのものも少し良くなるのではないかと思っています。もちろん大変なことも多いですが、その中で何か意味を見つけたり、少しでも前に進んでいる実感が持てると、それだけで十分価値があると感じています。
もしご縁があれば、どこかで一緒に関わっていけたら嬉しいです。